介護・看病を依頼したい人
高齢になり介護が必要な状態になった場合、あるいは、もし病気や突然の事故等により看病が必要となった場合に、あなたが介護、あるいは看病を依頼したい人がいたら記入しておきましょう。
通常であれば配偶者や子供になるのでしょうが、配偶者や子供のいない方もいるでしょうし、家庭の事情で配偶者や子供に頼めない、頼みたくない人もいるでしょう。
その場合、年齢によっては親・兄弟に頼む人もいるかもしれません。
中には、隣近所の親しい知人というケースもあるかもしれません。
この場合は、「その他」欄に記入し、「備考欄」にその人との関係を書いておきましょう。
| 現在の死因の三大原因は、悪性腫瘍(いわゆるガン)、心臓疾患(心筋梗塞等)、脳卒中です。 ガンについては、告知され、その後に長い闘病生活が続きます。 心臓疾患、脳卒中は、一発で死に至る場合もある反面、医療の進歩により、一命を取り留める 場合が多くなってきました。その代り、状況如何では、ガン以上に日常生活に支障が出て、介護 等が必要になる可能性もあります。 どちらにしろ、現在の状況では、死ななくても介護・看病が必要となる可能性が高いといえます。 |
介護を頼むにあたって

誰に頼むにしても、『自分に何かあった場合は、お願いね。』ということは事前に了解を得ておく必要があります。
一緒に住んでいる配偶者であれば事情は分かっているし、覚悟もあるでしょう。
でも、もし配偶者以外の人に介護を依頼するつもりの場合は注意が必要です。
相手にも都合があります。
一方的に『何かあった場合、よろしく』というのは、自分勝手すぎるでしょう。
あなたとの関係が良好でなければ、拒否される可能性もあります。
実の子供に介護を依頼するケース

実の子供だからと言って、無条件に面倒を見てもらう、見てもらえるという考えはやめましょう。
子供には子供の人生があります。
親子は法的にはお互いに扶養義務があることは確かです。(民法877条1項 扶養義務者)
でも、親は基本的に望んで子供を産んでわけですから、子供を育てるのは、親の義務と言うのは当然です。
しかし、法律上子供には親の扶養義務があるからと言って、老後は無条件に子供に頼るという考えは止めましょう。
そうした考えは、子供が生きていく上での大きな足枷になるかもしれません。
親として子供を産み育ててきたのならば、子供の人生の手助けはしても、負担になるような生き方はできるだけ避けましょう。
子供が小さい時、将来何になりたいか、どんな学校に進んでほしいか色々子供の将来のことを考えたはずです。その時、子供のためにできることは何でもやってあげようと考えたのではないでしょうか。人によってできたことは違うにしても。
その子供が成人し、結婚し、子供(あなたにとって孫)がいるかもしれません。
あなたの子供もあなたと同じように自分の子供(孫)の将来のためにできるだけのしてやりたいと考えているのです。
あなたが子供は親が年を取ったら面倒を見るのは当然だと考え、それをなんの準備もなく子供に要求したら子供の大きな負担になるでしょう。
家庭によっては、親子が一緒に生計を営んでいる場合があります。(農家など)
その場合でも、基本的には親世代は最後まで自立しつつ、いざという場合もできるだけ子世帯に負担とならないようにすることを目指しましょう。
そうならないために、今からでも金銭的体、肉体的、精神的に自分の力で老後に備えましょう。
昔、あなたが若く、子供も幼かった時、子供の色々な可能性を信じ大切にしてきた思いは、今、あなたの子から孫に受け継がれているのです。
孫の将来のためにも、できるだけ子供の負担にならないよう、親としての矜持をもって生きましょう。
| 昨今、矜持という言葉を聞きません。矜持は英語に直すとプライドですが、少しニュアンスが 違う気がします。私の感覚では矜持は「強い信念を持った自負心」という意味合いです。 自尊心が強い人間は周りに沢山いますが、矜持を持った人間は少なくなってきた気がします。 お互いに矜持を持っていきましょう。 |
義理の子供に介護を依頼するケース
親の立場からすると、息子夫婦、特にお嫁さんに介護を頼むつもりという気持ちの人が多いようです。
ただ、ご存じでしょうが今は「介護は実子」と言われる時代です。
(いつのころからそういわれるようになったのか、わかりませんが)
お嫁さんに老後のことを頼もうと思っていたら、お嫁さんから「介護は実子」と言われ、息子さんが右往左往するケースが増えているそうです。
息子は仕事で忙しいし、介護を頼むなら女性の方がいいという考えから、昔から身近なお嫁さんに白羽の矢がたつのでしょう。
でも、こうは考えられませんか。
息子(実の子供)に極力負担をかけたくないということを考えているなら、なおのこと実の子供でない義理の子供(息子のお嫁さん)に負担をかけるという考えはおかしいと。
実の子である息子には負担はかけたくないけど、お嫁さんになら介護等の負担をかけてもいいとあなたが考えているならば、今からでも遅くありません。自分のこれまでの人生、これからの生き方を見直してみましょう。
例えば、あなたに娘がいて、その娘が、婚家で義理両親の介護で疲労困憊し、娘らしさを失っているとしたら、そんな姿など想像したくないでしょう。
お嫁さんも同じです。お嫁さんは、お嫁さんの親からみたら大事な娘なのです。
お嫁さんは、離婚してしまえば、あなたとは基本的に何の関係もない存在です。子供(あなたにとっての孫)がいれば、祖父母という関係だけは残りますが。
自分がするのはいいが、相手からされるのはイヤだ、という考えは大きな間違えだということは、あなたにもわかるはずです。子供にそう教えてきたはずです。
昔の考え
もし、あなたに「〇〇家に嫁いだのだから、義理の親の面倒を見るのは当然」という考えを持っているなら、その考えは捨てましょう。すでに過去の話です。
戦前の考え、発想です。既に戦後から7~80年近く経っています。
この考えが通るのは、戦前に生まれ育った世代まででしょう。
あなたが育った世代は、お父さんが外で働いて稼いでくる、お母さんは専業主婦で家事や子育てに専念するというのが普通だったと思います。
親の平均寿命も今ほど長くはありませんでした。
それでも、親の体が不自由になれば、親と一緒に住んでいる専業主婦であるお嫁さんが面倒を見ていました。
ほかに頼れる人も物も何もなかったからです。
| 少し古いですが、総務省統計局の「高齢者の人口」を見ると、2015年(平成27年)時点で終戦時1945年)に生まれていた現在70歳以上の人の割合は総人口の19%(2,415万人)もいます。 ただ、終戦時に戦前の考えを刷り込まれていた年齢を20歳と仮定すると、現在90歳以上となり、 その割合は1.4%(184万人)と極めて少なくなります。 何が言いたいかというと、不謹慎な言い方ですが、戦前の知識・経験を持ったこの184万人の人た ちが年々減少していくと、戦前に成人になり戦前の価値観で育った世代は終わることになります。 戦前に生まれ育った人の考え・習慣が昭和・平成を通して根強く残ってきたのは、戦前生まれの親 の考え・習慣を子供たちが(すなわち、あなたが)受け継いできたからにほかなりません。 (私もそのうちの一人ですが) |
そうやって、あなたやわたしなどの戦前生まれの親を持った世代が徐々に減少し、戦前の影響を全くと言っていいほど受けていない人の割合の方がはるかに多くなってきているのです。
考え方や習慣・伝統というものは、簡単には変わりませんし、変わっていいとも思いません。
ただ、一方で時代は変わっていくことも事実ですし、時代に合わせて我々も変わっていかなければならないのも事実です。
今の時代
話は変わりますが、平成30年の厚生労働省の調べでは、全世帯のうち専業主婦世帯は1/3だそうです。残りの2/3は共働き世帯ということになります。
今は女性の仕事に対する価値観も昔と違い、男性同様にやりがいを求めて働く人も増えていますし、旦那さんの収入だけではやっていけない家庭も多いのも事実です。
そんな状況下でお嫁さんばかりに介護の負担を求めると、お嫁さんの不満も高くなりますし、息子夫婦の関係も悪化するでしょう。
昔はそうだったという人もいるでしょうが、昔は昔です。
時代はどんどん変わっているのです。
仮に奥さんが専業主婦だとしても、奥さんの考え・気持ちを尊重せずに負担を求めるのは大きな間違いです。
特に近年は、コンピュータの進展とともに、昔に比べて時代の流れがどんどん早くなっている気がします。
社会の変化に全て合わせる必要はないし、できないでしょう。
ただ、社会の変化を無視して何でも自分の思い通り、昔のやり方が通ると思うのは、昭和のおやじ世代までで、今の社会でそれを押し通そうとすればどこかで破綻が起きます。
私が小学校低学年の時、母は洗濯物をたらいと洗濯板で洗っていました。
私は母のそばでよく見ていました。
冬の寒い時期の洗濯は大変そうでした。
今、そんなことをやっている人は皆無でしょう。
また、昭和の時代には、セクハラ、パワハラなんて言葉自体が存在しませんでした。
今は、後輩・部下を指導するためのつもりのちょっとした言葉使いでもセクハラ・パワハラとされ、指導する側が場合によっては降格・左遷される時代です。
時代は凄い早さで変わってきたし、これからもどんどん変わっていくのです。

仮にあなたに戦前の親の考え方・習慣が引き継がれているとしても、親の世代とあなたの世代の考えや習慣が様変わりしているように、あなたの世代と子世代の考えや習慣はそれ以上に様変わりしていると考えるべきです。
